英語論文の執筆が上手くなる:
「序論」と「考察」の英語表現ポイント(第1回)

2023年の春がやってきました。海外へ出かける人の数も増え、対面での国際学会も本格的に再開される年となりそうです。この機会に英語論文を書き上げようと考えている研究者の方々に向けて、本年度のセミナーではアブストラクトに加え、英語表現に悩むことがある「序論」、そして的確な表現力が有効な「考察」を解説します。

 

論文の骨格はIntroduction(序論)、Method(方法)、Results(結果)、Discussion(考察)の4つで構成されるのが基本ですが、皆さんはどこから論文を書き始めますか。前から執筆すると「序論」が最初に来ますが、実はこの「序論」、論文の中で最も執筆が進みにくいという声が聞かれることがありました。研究によって解決したい課題と研究の意義、研究の範囲や限界について述べる「序論」には、著者による「研究ストーリー」が存在しています。英語では、そのストーリーを上手くできず苦戦することがあるでしょう。例えば、日本語と英語の違いにより、主語を何にすればよいのか迷われることもあるかもしれません。また、序論は研究内容を初めて目にする読者に向けて、一般的な事象から特定の研究内容へと話題を展開する場合が多く、一般的な事象を表す場合に、名詞を単数形と複数形のどちらにすればよいのか、冠詞はどうか、態は、時制は、といった英文の判断事項が多い部分でもあります。

 

他の部分、例えばMethod(方法)であれば、日々の実験日誌と同じように「~を行った」「~が得られた」と淡々と書いていけばよく、登場する名詞も、目の前で扱う機械は特定できるのでtheを使う、といった具合に比較的平易に書き進めることができるでしょう。そのような理由で「方法」から論文を書き始めるのもおすすめといえますが、その場合も「方法」→「結果」などと書き進めたあと、「序論」→「考察」→「結論」をスムーズに書くにあたり、「序論」を抵抗なく書くためのポイントを整理しておくと便利です。

 

本年度のセミナーで扱うもう一つの項目である「考察」は、研究で得られた「結果」を序論であげた問題に照らして説明する、つまり著者の考えを論じる大切な部分です。そこで、「~であると考える」「~のようである」「~の可能性が生じる」などと、著者の推論を的確に表現する必要があります。論文では、個人的な見解を述べるだけでは不十分なため、I think…やI believe…といった表現は使えません。また、日本語だと、「可能性は捨てきれない」で30~40%、「可能性がある」で50~60%、「可能性が高い」で80~90%などと、日本語のネイティブであれば確信の度合いの理解が一致しやすいでしょう(上記日本語表現の度合いを示すパーセンテージは、ある研究者による見解)。英語で日本語と同程度の「確信の度合い」を伝えるために、各種表現をご提案します。

 

さて、第1回のセミナーに先立ち、本ブログでは、healthcare informatics(ヘルスケアインフォマティクス)というトピックで検索した論文から、「タイトル」→「アブストラクト」を読み、その後、「序論(introduction)」の冒頭へと読み進めます。

タイトル

Conceptual design of the dual X-ray absorptiometry health informatics prediction system for osteoporosis care

骨粗鬆症診療のための二重X線吸収法健康情報予測システムの概念設計

タイトルの後半では、前置詞forを使ってfor osteoporosis care(骨粗鬆診断のための)という具体的な用途が表されています。また、キーワードも適切に組み込まれています。

 

次に、アブストラクトを読み進めます。【研究の背景】、【今回の研究内容】、【考察】の3つの部分を探してみましょう。

アブストラクト

研究の背景Osteoporotic fractures are a major and growing public health problem, which is strongly associated with other illnesses and multi-morbidity. Big data analytics has the potential to improve care for osteoporotic fractures and other non-communicable diseases (NCDs), reduces healthcare costs and improves healthcare decision-making for patients with multi-disorders. However, robust and comprehensive utilization of healthcare big data in osteoporosis care practice remains unsatisfactory. 今回の研究内容In this paper, we present a conceptual design of an intelligent analytics system, namely, the dual X-ray absorptiometry (DXA) health informatics prediction (HIP) system, for healthcare big data research and development. Comprising data source, extraction, transformation, loading, modelling and application, the DXA HIP system was applied in an osteoporosis healthcare context for fracture risk prediction and the investigation of multi-morbidity risk. Data was sourced from four DXA machines located in three healthcare centres in Ireland. 考察The DXA HIP system is novel within the Irish context as it enables the study of fracture-related issues in a larger and more representative Irish population than previous studies. We propose this system is applicable to investigate other NCDs which have the potential to improve the overall quality of patient care and substantially reduce the burden and cost of all NCDs.

(英文の着目箇所を太字で強調。以下同様)

3つの部分を上手く特定できたでしょうか。この書き出しでは、Osteoporotic fractures are…という表現で「骨粗鬆症性骨折とは何か」が紹介されています。3文目では、冒頭の逆接Howeverと、動詞部分のremain unsatisfactory(十分ではない)という表現から、研究の限界が述べられていることがわかります。次にIn this paper,で今回の研究へと移ります。研究内容について具体的に記載した部分では、何を行ったかを示すために「過去形」と「受動態」が使われています。最後の考察部分では、時制を「現在形」に変えて、普遍的な事実としてわかったことが述べられ、そして動詞enableやproposeで研究からの示唆がまとめられています。1文ごとに、表現の特徴を確認します。

 

【研究の背景】

アブストラクト第1文

Osteoporotic fractures are a major and growing public health problem, which is strongly associated with other illnesses and multi-morbidity.

「骨粗鬆症性骨折が主要な健康問題となりつつあること」、そして「それが他の病気や多疾病に強く関連していること」が示されます。平易なSVCで開始し、後半には関係代名詞の非限定用法を使って情報を足しています。

 

アブストラクト第2文

Big data analytics has the potential to improve care for osteoporotic fractures and other non-communicable diseases (NCDs), reduces healthcare costs and improves healthcare decision-making for patients with multi-disorders.

ここでは、「ビッグデータ分析にポテンシャルがある」ことが示されます。「____ has the potential to…(~には~するポテンシャルがある)」は便利な表現です。

 

また、略語NCDsの表記が正しく扱われています。other non-communicable diseases(非感染性疾病)のdiseasesが可算・複数ですので、略語NCDsにも複数形のエスが付きます。

アブストラクト第3文

However, robust and comprehensive utilization of healthcare big data in osteoporosis care practice remains unsatisfactory.

ここでは、「However, ____ remains unsatisfactory.(しかし、~は依然として十分ではない)」という雛形表現が登場しました。「骨粗鬆症診療ケアにおけるヘルスケアビッグデータの確実で包括的な活用はまだ十分ではない」という否定の内容を肯定形で表現しています。

 

【今回の研究内容】

アブストラクト第4文

In this paper, we present a conceptual design of an intelligent analytics system, namely, the dual X-ray absorptiometry (DXA) health informatics prediction (HIP) system, for healthcare big data research and development.

「本研究では、~を提示する」を表すIn this paper, we presentも雛形表現として使えるでしょう。なお、この文はweという主語を無生物に変えて、This paper presents ___と表現することも可能です。本研究のテーマは、タイトルにも含まれているan intelligent analytics system(インテリジェントアナリティクスシステム)です。ここではその中のthe dual X-ray absorptiometry (DXA) health informatics prediction (HIP) systemという特定のシステムをtheを付けて導入しています。残る数文を飛ばして考察に進みます。

 

【考察】

アブストラクト第7文

The DXA HIP system is novel within the Irish context as it enables the study of fracture-related issues in a larger and more representative Irish population than previous studies.

現在形を使って「DXA HIPシステムにより、これまでの研究よりも大規模で代表的なアイルランド人グループを使った骨折に関連した問題の研究が可能になること」から、「DXA HIPシステムがアイルランドでは新規であること」が示されています。前半はbe動詞と形容詞の組み合わせによるSVC、後半には他動詞enableによるSVOが使われています。先の「今回の研究内容」部分から、時制を現在形に戻して、普遍的な事実として述べています。

 

アブストラクト第8文

We propose this system is applicable to investigate other NCDs which have the potential to improve the overall quality of patient care and substantially reduce the burden and cost of all NCDs.

「本システムによって、患者ケアの全体的な質を向上させ、全種の非感染性疾病の負担とコストを大幅に削減できる可能性を持つ他の非感染性疾病の調査にも適用できる」とあります。「___ have the potential to ___(~できる可能性がある)」や「____ is applicable to ____(~は~に適用可能である)」など、他の文脈でも使えそうな表現が並びます。We proposeも「~と考える」と強く表す際に活用できる表現です。

 

以上の文章から、次の雛形表現が抽出できました。ご自身の研究テーマにあてはめて、アブストラクトを作成してみてください。

アブストラクトから抽出した雛形表現

■_______ is/are _____, which is ______.

「~(テーマ)は、~であり、それは、~である。」

■_______ has the potential to ______ for ________.

「~は、~のために~できるポテンシャルがある。」

■However, _______ remains unsatisfactory.

「しかし、~は依然として十分ではない。」

■In this paper, we present _____. / This paper presents ______.

「そこで、本研究では、~を提示する。」

■___ enables _____.

「~は~を可能にする。」

 

次に、本文冒頭の「序論」を頭から読み進めます。

序論第1文

Non-communicable diseases (NCDs) such as arthritis, cancer, cardiovascular disease, diabetes mellitus and osteoporosis represent the most common disorders worldwide.

関節炎、がん、心血管疾患、糖尿病、骨粗鬆症などの非感染症疾患(NCDs)は、世界で最も一般的な疾患の代表である。

Non-communicable diseases (NCDs:非感染症疾患)という話題を複数形で「一般的なこと(総称)」として導入し、such asでその例をあげることにより、分野に馴染みがない読者でも内容を理解できるようになっています。また、主語で話題を導入し、動詞にはSVOを作る明快なrepresent(~を代表する)を用いることで、簡潔かつ明確に表現しています。

 

序論第2文

In Europe, today estimated 32 million people have osteoporosis which has an economic burden of 57 billion euros, and substantial morbidity and mortality, and it is predicted that 34 million people will have osteoporosis by 2025.

ヨーロッパでは現在、推定3,200万人が骨粗鬆症にかかっており、570億ユーロという経済的負担や、また、高い罹患率と死亡率となっている。2025年には3,400万人が骨粗鬆症にかかると予測されている。

続く文章では、先に導入した非感染症疾患の例から「骨粗鬆症(osteoporosis)」をとりあげ、具体的な数値を出して詳しく説明しています。また、主語peopleのあとに平易な動詞have、というSVOのパターンを2回繰り返して使っています。

 

序論第3文

Annual direct medical costs in the USA associated with osteoporotic related fractures are predicted to increase from 48.8 billion dollars (2018) to 81.5 billion dollars (2040), while the inclusion of productivity losses and caregiving expenditure is predicted to increase the 2040 cost by >13 billion dollars.

骨粗鬆症関連骨折に関連する米国における年間直接医療費は、488億ドル(2018年)から815億ドル(2040年)に増加すると予測され、生産性損失と介護支出を含めると、2040年のコストは130億ドル以上増加すると予測されている。

さらに具体的な数値を出しながら、「骨粗鬆症」が問題となる理由を述べています。ここでも、Annual direct medical costs in the USA(米国における年間直接医療費)のcostsを複数形で導入することで、広く一般的な話題であることを示しています。動詞にはare predicted to increase, is predicted to increaseという同じ表現を2箇所に使うことで、多少長くても読みやすい文に仕上げています。

 

今回確認した『序論』の表現ポイント2つをまとめます

序論の表現ポイント

ポイント①名詞の複数形を活用する。

名詞の複数形で「一般論」としてテーマを導入し、その先も複数形を中心とした不特定の名詞を使うことで、分野に馴染みのない読み手にも流れよく読ませる。

 

ポイント②「概要」から「詳細」へ順に内容を深める。

まずは概要を提示し、その後具体的な例や数値をあげながら話を進めることで、読み手が順を追って理解を深められるように構成する。その際、文構造をそろえることで、多少長くても読みやすい文章に仕上げる。

出典:HEALTH INFORMATICS JOURNAL, Jan 2022, 28 (1)

https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/14604582211066465

本年度のセミナーでは、このように、アブストラクトに加えて、「序論」(第1回)、「考察」(第2回)の表現の特徴と技法をご紹介します。あてはめて使える雛形表現についてもご提案します。皆様のご参加をお待ちしております。

 

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