2024年春、国際ジャーナルに掲載された英語論文を読んで先行研究を深めたい方々、英語論文を執筆して研究内容を世界に発表することを望まれている研究者の方々、何からはじめればよいかと迷っておられるかもしれません。そのような場合には、まずは1日1件、英語論文アブストラクトを読むことからはじめていただくのが効果的です。アブストラクトは100ワード程度から300ワード程度の範囲で1つの独立したストーリーが構成されていますので、読みやすく、技術英語の学習にも最適です。興味ある分野から読みはじめ、時には手当たり次第、読み進めていくのもよいでしょう。
原著論文のアブストラクトには、次のような内容が記載されるのが一般的です。
- 主題や問題の提示(論文本文の「序論」に相当)
- 実際に何を行ったかの説明(論文本文の「方法」に相当)
- 主要な結果や示唆の提示(論文本文の「結果と考察」に相当)
アブストラクト内での1~3の分量の配分は、論文の内容や著者の書き方によってさまざまです。クラリベイト社のデータベース「Web of Science™」を使って、英語論文を抽出して読んでみましょう。
一例として、「mRNA医薬」(令和6年の「特許出願技術動向調査」の化学分野テーマ)をトピックに指定して、アブストラクトを抽出してみました。
タイトル:Selective hydrophobic interaction chromatography for high purity of supercoiled DNA plasmids
BIOTECHNOLOGY AND BIOENGINEERING, Feb 14, 2024(早期公開)
まずはタイトルです。テーマが「selective hydrophobic interaction chromatography(選択的疎水性相互作用クロマトグラフィー)」で、用途は「for high purity of supercoiled DNA plasmids(超螺旋DNAプラスミドの高純度化)」です。英語は名詞の固まりごとに意味を理解できる効果的な言葉ですので、前置詞の前で区切るのが得策です。読み手の頭の中で、次のように処理するのがおすすめです。
<読み方>
Selective | 選択的な |
hydrophobic interaction chromatography | 疎水性相互作用クロマトグラフィー |
for | その用途は |
high purity | 高純度 |
of | 何を |
supercoiled DNA plasmids | 超螺旋DNAプラスミド |
難なくタイトルを理解することができたでしょうか。長くて難しいと感じるフレーズは、形容詞単体(例:selective)で区切るのもおすすめです。
さて、次にアブストラクト本文を読みます。まずは全体を大まかに読み、どこに何が書いてあるかを把握しましょう。先にあげた、1. 主題や問題の提示(論文本文の「序論」に相当)、2. 実際に何を行ったかの説明(論文本文の「方法」に相当)、3. 主要な結果や示唆の提示(論文本文の「結果と考察」に相当)を探すために、各文の「主語」と「動詞」を大まかに確認しながら読み進めます。
冒頭では、主題・問題が提示されます。次に鍵となるのは、5文目の主語Weで、筆者が行った内容へと情報が移行したことがわかります。また後半(9文目)にも一人称の主語Weが登場し、研究を通じて何がわかったかが提示されます。
1. 主題や問題の提示(1文目)High purity of plasmid DNA (pDNA), particularly in supercoiled isoform (SC), is used for various biopharmaceutical applications, such as a transfecting agent for production of gene therapy viral vectors, for pDNA vaccines, or as a precursor for linearized form that serves as a template for mRNA synthesis. (2文目)In clinical manufacturing, pDNA is commonly extracted from Escherichia coli cells with alkaline lysis followed by anion exchange chromatography or tangential flow filtration as a capture step for pDNA. (3文目)Both methods remove a high degree of host cell contaminants but are unable to generically discriminate between SC and open-circular (OC) pDNA isoforms, as well as other DNA impurities, such as genomic DNA (gDNA). (4文目)Hydrophobic interaction chromatography (HIC) is commonly used as polishing purification for pDNA. 2. 実際に何を行ったかの説明(5文目)We developed HIC-based polishing purification methodology that is highly selective for enrichment of SC pDNA. (6文目)It is generic with respect to plasmid size, scalable, and GMP compatible. (7文目)The technique uses ammonium sulfate, a kosmotropic salt, at a concentration selective for SC pDNA binding to a butyl monolith column, while OC pDNA and gDNA are removed in flow-through. (8文目)The approach is validated on multiple adeno-associated virus- and mRNA-encoding plasmids ranging from 3 to 12 kbp. 3. 主要な結果や示唆の提示(9文目)We show good scalability to at least 300 mg of >95% SC pDNA, thus paving the way to increase the quality of genomic medicines that utilize pDNA as a key raw material.
このように、どこに何が書いてあるかを大まかに把握した上で、次に、読みたい部分を重点的に確認します。「何を解決したい論文か」を知るためには冒頭の1文目~4文目、「本論文で何が行われたのか」を知りたい場合には5文目~8文目、「主要な結果や今後の見解」について知りたい場合には、最後の1文を確認します。
早速、上記1~3の各部分から抜粋した文章を確認し、情報を入手してみましょう。タイトルを読んだときと同じ要領で各文を部分ごとに解体し、前から順に読みます。綺麗な日本語で理解することにこだわらず、同時通訳するような要領で時には情報を繰り返しながら、また、カタカナ語も交えながら理解を進めるのがよいでしょう。
冒頭「主題や問題の提示」の1文目から確認します。
1. 主題や問題の提示
1文目
High purity of plasmid DNA (pDNA), | プラスミドDNA(pDNA)の高純度化 |
particularly in supercoiled isoform (SC), | 特に、超螺旋のアイソフォームでの高純度化は |
is used | 用途に |
for various biopharmaceutical applications, | 各種バイオ医薬品がある |
such as | 例は |
a transfecting agent | トランスフェクション試薬 |
for production | 用途は生成 |
of gene therapy viral vectors, | 遺伝子治療のためのウイルスベクターの |
for pDNA vaccines, | プラスミドDNAワクチンのため |
or | または |
as a precursor for linearized form | 直鎖状の前駆体としての |
that serves as a template | その前駆体はテンプレートとなる |
for mRNA synthesis. | mRNA合成のテンプレートとなる |
用語(Wikipediaより):ウイルスベクター(英: viral vector)は、分子生物学研究において遺伝物質を細胞に送達するために一般的に使用される遺伝子の運び屋であるベクターのうち、ウイルスをベースとしたもの。(英文のWikipediaはこちら:https://en.wikipedia.org/wiki/Viral_vector)
1つの文章を解体して前から順に読み進めることができたでしょうか。英語論文のアブストラクトは、単語数に制限があるため、名詞句を駆使して情報をコンパクトに詰め込む性質があります。そのため、一読したときに長くて読みづらいという印象を受けることも多いかもしれませんが、実際には、このように部分ごとに解体して読むと、難なく読み進めることができます。また、名詞句を駆使して情報が効果的に提示されていることがわかります。
同じ要領で、2文目も読んでみましょう。
2文目
In clinical manufacturing, | 臨床製造において、 |
pDNA is commonly extracted | pDNA(プラスミドDNA)は通常、抽出する |
from Escherichia coli cells with alkaline lysis | 大腸菌のアルカリ溶解から |
followed by | 続いて |
anion exchange chromatography | 陰イオン交換クロマトグラフィー |
or | または |
tangential flow filtration | タンジェンシャルフローろ過を行う |
as a capture step for pDNA. | pDNAを捕獲するステップとして行う |
読み進める際、気になる用語があれば、Wikipediaで調べることがおすすめです。例えばAlkaline lysis(アルカリ溶解)https://en.wikipedia.org/wiki/Alkaline_lysisやtangential flow filtration(タンジェンシャルフローろ過)https://en.wikipedia.org/wiki/Cross-flow_filtrationを調べるのがおすすめです。
「アルカリ溶解」のWikipediaによる説明は次のとおりです。
Alkaline lysis or alkaline extraction is a method used in molecular biology to isolate plasmid DNA from bacteria.
アルカリ溶解とは、アルカリ抽出とも呼ばれ、分子生物学においてバクテリアからプラスミドDNAを単離するために用いられる方法。
Wikipediaを読む際には、技術内容を理解して学ぶとともに、英単語や英語表現にもあわせて着目すると、より効果的です。ここでは、isolate(単離する)という動詞が登場しました。molecular biology(分子生物学)では登場頻度の高い動詞です。
さて、次の部分へ進み、同じ要領で内容を確認します。
2. 実際に何を行ったかの説明
5文目
We developed | 今回我々が開発したのは |
HIC-based polishing purification methodology | HICを使った研磨精製方法で |
that is highly selective | それは選択性が高く |
for enrichment of SC pDNA. | SC(超螺旋のアイソフォーム)のpDNA(プラスミドDNA)の濃縮が可能になる |
HICやSC、pDNAといった略語は初出箇所で定義されるのが通例ですので、「何の略語だったか」、わからなくなった場合には、初出箇所に戻って確認します。HICはHydrophobic interaction chromatography(疎水性相互作用クロマトグラフィー)、SCはsupercoiled isoform(超螺旋のアイソフォーム)、pDNAはplasmid DNA(プラスミドDNA)とわかります。
次にアブストラクト最後の部分を確認します。
3. 主要な結果や示唆の提示
9文目
We show | わかったことは |
good scalability | 拡張可能であること |
to at least 300 mg of >95% SC pDNA, | 95%を越える超螺旋のアイソフォームプラスミドDNAの少なくとも300mgまで拡張可能であること |
thus paving the way to | そのため、道が開いた |
increase the quality of genomic medicines | ゲノム医薬品の品質向上への |
that utilize pDNA | pDNA(プラスミドDNA)を利用する医薬品 |
as a key raw material. | 主要原料として利用する |
略語に馴染みがなければ、最後まで略語の意味を確認しながら読むとよいでしょう。分野に精通している場合には、略語をそのまま使って読み進めましょう。
このように、英語論文アブストラクトを準備し、まずは全体を把握するために大まかに主語と動詞を確認し、続いて興味のある箇所を区切りながら詳細に読み進めます。まるで同時通訳をするように細かく区切りながら読み進めることで、英単語だけで意味を理解してしまうことなく、つまり自分自身の知識で内容を補うことによって読み違えてしまうことなく、構文を正しく解読しながら、しかも平易かつ短時間で読み進めることができるのです。
さて、このような要領で英語論文アブストラクトを1日1件読み進めることができれば、英語論文アブストラクトの表現の中で、お手本として真似をしたい定番の表現があることにも気付くでしょう。詳細に読み進めることで、そのような定番表現に気付く可能性が高まり、真似をしたい表現が見つかれば、それを使って自身の英語論文を執筆していくことが容易になります。昨今、精度が高まったと言われる機械翻訳や生成AIツールを使う場合であっても、自分の力で読める、自分の力で書ける、というスキルを身につけることは、ツールの上手な使いこなしのために重要です。
2024年度の英語論文講座では、このように基本に戻り、丁寧にアブストラクトを読み進める練習から開始します。読むことに慣れていただけたら、続く回では、国際ジャーナルに登場する表現を使って英語論文を執筆する練習を行います。第1回「英語論文アブストラクトの素早い読み方」、第2回「英語論文アブストラクトの効果的な書き方」の2回の講座を通じて、英語の読み書きの力を大幅に伸ばしていただくことを目指します。是非ご参加ください。
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